DRAC-OBの集い

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栗花落光さんのインタビュー

DRACのOB、といっても在籍は1年くらい。その後ポップスのクラブにうつった栗花落光(つゆりひかる)さんは、いまや音楽業界で知らない人はいないくらいの有名人。
彼へのインタビューがMusicmanという、音楽業界専門サイトで始まりました。
DRACのことは一言もふれていませんが、一度は同じ釜のメシを食った仲として、スポットライトが彼に当たっているのを見るのは、うれしい気持ちです。

http://www.musicman-net.com/relay/102.html
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# by DRAC-OB | 2012-02-13 23:12 | K介

愛聴盤・・・2

ブログでお世話になっている方がブリリアントレーベルが発売したヴィヴァルディBOXについて書かれていたのを読んで、同じく小生も入手した。

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時代が変わり、過去発売になったプラスチックケース入りから、紙ジャケットになったので、40枚と言ってもさして大事ではないが、それらを入れた紙の箱が、効率だけを考えて作ったのか、開けると中身が滑って零れ落ちてくるから、必用な番号のものを選び出すのにはそうとう苦労する。

それで箱からはみ出すが操作性がよいので天地を左右におきかえてみた。
これで必要なナンバー枚が取り出しやすくなったが、パラパラとめくるのでは数字が見えないから、ピックアップしなくてはならない。

安価だから致し方ないのだろうが、枚数の多いBOXの場合は取り出しやすく造っていただきたいものである。
紙」ジャケのBOXはこのあたりが考慮されてないものが多い。
プラケースは場所は取るがそういう意味では作業性が良いので、どちらが良いか悩ましい所だ。

BOXの後半10枚程度は未聴だ、というのもすでにヴィヴァルディ宗教音楽集ERATO盤を入手していてそちらを主に聴くことにしているから、ブリリアント盤はもう少しあとまわしになる。

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それらを除くとほぼ1回以上聞いたことになるが、中でも特にお気に入りの音盤を上げておくことにした。
10枚目に収録されている、マンドリン、リュートの協奏曲集である。

マンドリン協奏曲は、ERATOのシモーネ盤がお気に入りで、愛聴盤としたが、個の演奏もなかなかのもの。
ピリオドスタイルの特長である使用楽器もそうであるが何しろテンポが速く、体感速度はシモーネ盤の倍ぐらいは有ろうかというもの。

しかし早いテンポで通しているのでなく、ロマン主義的演奏スタイルの特長でもある、自在なテンポ、ルパートの匠、そしてマンドリン協奏曲では特に顕著だが、自由奔放な装飾。
やり放題というべきか、しかし付けられた装飾音符、随所に見られる即興は見事というほかない。

シモーネ盤が古典的な演奏に聴こえてしまうぐらい、革新的である。
最近は過激なほど演奏が多い中、今まで耳にしたピリオド演奏の中でも特に斬新な演奏スタイルである。

自由奔放な装飾音符をふんだんに入れた即興の匠に仰天するとともに、祖の巧みな技と感性に感銘を覚える事となった。
ハラハラドキドキワクワクという間隔が終始持続していくのは非常に気持が良い。

RV532は「2つの」バイオリンでも演奏されるが、ここでのマンドリンの演奏は「掛け合い」という範疇をこえているようだ。

聴いていて小生はブルーグラスのセッションの場面を思い浮べていた、それはビル・モンローとアール・スクラッグスが技を競い合うところ。

うろ覚えだが、どちらかが先ず演奏すると、まったく同じように次が演奏する、するとお前なかなかできるな、じゃあこれはどうだと、すこしむずかしいフレーズを交互にやる中、だんだんエスカレートしていくが、どちらも弾きこなしてしまい両者勝負なし、観客は両者の凄腕に圧倒されっぱなしというわけだ。

クラシック音楽で、掛け合いという程度ならば随所に見ることが出来るが、技の競い合いのような演奏は滅多にないだろう。

いや、ヴィヴァルディの時代には、実際に技の競い合いあるいは技の勝負があったのではないだろうか。
ただ音楽を聴くだけでは物足りない貴族たちが、どちらが上手か、ひょっとしたら賭けがおこなわれていたのかも知れないなどという妄想がうかんでしまった。

こういう演奏スタイルはシモーネ番では聴こえてこなかったこと。
しかしシモーネ盤はそれはそれで安定した・・・予定調和的な演奏だ。

シモーネ盤は心静かに聴くことが出来るから眠りにつくときにもよいが、この演奏は眠気を吹きとばしてしまうトンデモ演奏だから、そういう聴き方をするとひどい目に合うことだろう。

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# by DRAC-OB | 2012-01-27 21:22 | sawyer

愛聴盤・・1

何気なく購入したものが愛聴盤になることはそう珍しくはなくなってきた。(このような意味のないジャケットの音盤、通常なら絶対購入しない。BONSAIシリーズとは、弱小だか価値が高い・・「山椒は小粒で・・・」を表すのだだとは思うが、あまりにもプアーでチープすぎ、しかもまんま盆栽の写真だから目も当てられない)

音楽ソフトの価格が相対的にも、絶対的にも安価になったので、昔のようにすごく吟味してから購入することが少なくなり、いつ購入したかも忘れてしまった音盤の中に、素晴らしい物があるのを経験する機会が増えてきたように思う。(と言いつつもこのCD2500円、まあ当時は其れでも安価な方だったのかも知れない)

ネットの紹介などを見て、ちょっと目に留まるものがあると、じっくり考えもせずに購入ボタンを押すようになって久しいから、思いもしなかった素晴らしいものにめぐり合うことが可能になるチャンスが多くなってきたのだろう。

ネットでの音盤購入は音盤の価値を自ら下げることにつながるが、一方かつて無い偶然的発見の楽しみを内包しているのも事実だ。

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「マンドリン」というあまり身近ではない楽器に釣られたのか、いつ購入したのかも忘れてしまった音盤がある。

去年11月頃、ふとそれがあるのに気が付き聴いてみると、昔聞いた時の記億とは全く異なる印象を持つことになった。

2つのマンドリンで奏でられる協奏曲ト長調、この曲は他にもギターやバイオリンなどの楽器で演奏され、耳に馴染んだ曲だが、マンドリンで聴いたのはこの音盤が初めて。

記億では2つのマンドリンが同じように聴こえて、しかも「焼き直し」的な音楽としてしか認識しなかったので、つまらない音楽に聞こえてしまい、おそらくはそのことで20年以上しまいっぱなし状態になっていたのだろう。

しかしこれがとんでもない誤解、耳が収斂されてなかったのか、2台のマンドリンハ音色も引き方も相当な違いがあり、それが掛け合いをしながら進んでいくのだから、また両者の位置が見通せる素晴らしい録音、マスタリング甲斐があって、演奏録音どれをとってもとても素晴らしい音盤となっているのを発見した。

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協奏曲ハ長調P16では、空気で風を送っているような不思議な低い音が聴こえてきた。
初めて聞く音で、何かと調べると、「サルモ」=「シャルモ」=「シャリュモー」だと言う。

クラリネットの前身だそうだが、不思議な音色の百鬼夜行だ、それにこの曲にはマリーナ風バイオリンというものが使われている。

マリーナ風とは「海の波のような」ということであろうか、バイオリンなどのフラジオレットのような奏法で、倍音のみを奏するという、この時代は様々な楽器や奏法が百花繚乱した時代であったことを思わせるもの。

「マンドリン」といい「マリーナバイオリン」、「サルモ」、「テオルボ」など異種の楽器の巧みな活用、、ヴイヴァルディという人は「四季」だけで知っている人ではないことを思い知らせる感性の持ち主と、改めて思い知った。

良く眺めてみると、小生の所有する音盤は、バッハよりヴィヴァルディのほうが倍ほど多い。
多分クラシック愛好者では珍しいかと思うが、ヴィヴァルディの感性は小生によく合っていて、それで結果音盤が多くなったのだが、一方バッハは還暦を過ぎてからじっくり聞こうと決めていたせいもあって、これ迄積極的には聞いて来なかった。

でもやはり小生には、バッハよりヴィヴァルディの「あっけらかん」が魅力的だ。
2012年は更にヴィヴァルディを極めて見ようかと思っている。


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# by DRAC-OB | 2012-01-23 20:32 | sawyer

ESL調整中:美しい音になりつつ有るようです

調整中のESLでああるが、耳の高さより中心部がやや低いから、やはり少し持ちあげたい。
台になるものを物色したが、多分一番良くマッチングすると考えられる木製の、しかも黒檀、紫檀のブロックの適当なものがない。

10㎝角だと相当の金額を投資しなければならないことになるが、もし失敗するととんでもなくもったいない。
それでもう現有品ではなくなったが、二種類あった専用台のいずれかがオークションか中古で出たらあてがおうと決めた。

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何時の事になるかわからないので、繋ぎとしてやれることをやってみようと思い、手始めにSPを仰角設置することを思いついて実行にうつした。

どのくらいの角度が良いのかは志向作顔、と言うよりあまり上げ過ぎるとSPが後ろに倒れる危険性があるから、ほんの少し、という訳で角度は不明である。

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SPの前2つの脚に昔のTAOC製のインシュレーターを挟み込ムのだが、平面SPのため一人の作業は結構難しい。

それでもようやく仰角に設置ができ、只今慣らし運転中。
それと付属の電源ケーブルを、太くて短いものに交換してみた。

極端に変化があるものではなかったが、(壁の中の電気ケーブルには現状で使える1番太いものを使用してあり、壁コンセントから電源供給していたから、多分もともと電源の影響は受けにくかったのかも知れない)

結果として、以前よりボリューム感が出て低音が締まってきた。
中音域に艶が乗ってきた。
反面音の定位感は少し甘くなったような気がする。
左右の角度は変えてないので何れコレもベストを捜さねばならない。
コニサーソサエティ録音のワンダ・ウィウコミルスカがバイオリンを弾いたブラームスのソナタが以前とは違う趣を見せ、テクニックの未熟さをがまともに見えてくる反面、バイオリンノ音色はクレモナの銘器を彷彿とさせる音で聞こえてきた。
古いDECCA録音、カラヤン/VPOのドヴォ8はVPOの弦の美音がとてもよくわかる。
今まで音の影に隠れてしまっていた音楽以外の様々な音(つぶやく、うなり、掛け声、楽譜をめくる音、息継ぎの音、呼吸音などなど)がよく聞こえ、一層の雰囲気を出すことにつながってる。
こういう所がESLにのめり込む要素の1つであることは間違い無いだろう。
音がリアリティがありライブ感がある、ソレがESLだといって過言ではないと思う。

まだまだどんどん日がな良くなっていくことを期待するものである。

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# by DRAC-OB | 2012-01-23 20:29 | sawyer

忘れ得ぬ名演とまではいかなかったハーディングのマーラー

2012年1月20日(金)19時15分すみだトリフォニーホール(座席1階2列27番)
<公開リハーサル:1月18日(水)10:25~12:40>
指揮:ダニエル・ハーディング 新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:豊嶋泰嗣
マーラー:交響曲第9番 ニ長調

全体に感情移入があまりないあっさりとした演奏に終始した。昨年6月のブルックナーの交響曲第8番、マーラーの交響曲第5番の忘れがたい名演と較べ、どこか醒めた、盛り上がりに欠ける内容だったのは、残念だ。
ハーディングも新日本フィルも、いい演奏をしようと努力したはずなのに、それが表に出てこなかったのはなぜだろう。
昨年6月の名演の数々は、東日本大震災直後の異常事態のなかで生まれた一期一会のものだったのだろうか。
当時は被災者のためのチャリティーという使命感がハーディングにも新日本フィルの楽員にも、聴衆にも満ちていた。コンサート終了後は毎回ハーディング自身が先頭に立って楽員と共にロビーで募金活動をし、聴衆もそれを熱烈に支持、次々と募金箱に寄付金を入れていた。原発事故の異常事態が続く中、音楽が特別の意味をもった時期であった。
あれから半年あまり経ち、表面上は落ち着きをとりもどし、ハーディングも新日本フィルも聴衆も、いわば素に戻ったのではないか。音楽が日常化してしまった。当夜、会場に漂う熱気というものは感じられなかった。指揮者も楽員も、そして聴衆も、音楽に対して真剣さ、ひたむきさを見失ったことから生まれた凡演というのは言い過ぎだろうか。

第1楽章は、何が言いたいのか、どこへ向かうのか、よくわからないうちに、終わってしまう。三回のクライマックスは唐突で、前後の脈絡がない。ただオーボエとフルート奏者の名演とコーダの静寂はよかった。
第2楽章の最初の舞曲のリズム、独特の弦の表情付けが面白い。ホルンはこの日時々音をはずし不調だったが、この楽章では輝きのある演奏を見せた。木管全体、チェロ群もよい。
第3楽章はリズムの切れがあり、一番出来がよくまとまっていた。公開リハーサルでは、この楽章にほとんどの時間を割いていた。
第4楽章アダージョでは緊張感が保たれた。弦の集中度は高く、アダージッシモの最後の和音が消えてから30秒以上の静寂。この部分はやはり感動する。席が第2ヴァイオリン群の目の前であり、フェルマータの最後の微細な一音まで、明瞭に聴き取れたこともその要因だと思う。ちなみに、第2ヴァイオリンのトップは今回東京交響楽団のアシスタントコンサートマスター田尻順さんが務めていた。

今夜は後半に向かうにつれ、集中度は高まったが、忘れ得ぬ名演の域には達することができなかった。
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# by DRAC-OB | 2012-01-21 23:12 | K介

帰ってきたESLの音

もう使うことはないだろうと諦めていたESL-63が修理を終えて無事帰ってきた。
京都は八瀬のオーディオ職人の手であらゆる問題がクリアになった。

過去の病歴までわかってしまうのはさすがに名医である。
QUADからライセンスを得たという業者の1つに10年ほど前依頼したが、個々は散々であった。
交換はされていたが交換したものが動いてないという診断で、そういえば戻ってきた後どうもおかしいので、サイド見てもらったが、問題なしで戻された経緯があったが、この時小生の耳は確かで、なにかおかしいと感じたのだったが、2度のチェックデ問題なしと言われ、他の要因があるのかとおもっていたのだった。

しかし4つ有るユニットのうち交換した3つが全く動いていないのだから、おかしいに決まっている。
業者は本当にチェックしたのだろうかと非常に疑わしい。

原因は修理業者の導電塗料の塗り忘れ、あるいは前任機種ESL-57の塗料を流用してしまったかどちらかのミスであるということが今回の診断で判明した。

このSPは因縁がついていたのか、その他にも修理のミスによる影響をまともに受け続けたのであった。
このあたりは前回書いたが、どうしてもまだ脳裏から消えないのでまた書いてしまった。

先ほど到着し、厳重な梱包を解いてしばらく通電、3時間ほどたってから、バナナプラグ接続しようとしたが、この日のために取っておいたはずの物が見つからず、やむなく通常接続にした。

最初の音を確認しなければならないので、切り替えスイッチを使わずに、NS-1000のケーブルを外し繋ぎかえることにした。

NS-1000の欠点はSPケーブル入力端子がプアーで、細いコードか、ターミネートしたものしか入らないことだ。

最初だからどうしても動作が慎重になる。
音楽を聞く前にしばらく通電するなんていうことは金輪際したことがないのに。

取り出したCDは最近の愛聴盤、シモーネのERAT録音でマンドリン協奏曲ヴァイオリン協奏曲集である。
2つのマンドリンの音色の違いと位置、そして奏法の若干の違い、奏者の息遣いのようなものの雰囲気が出ているかなどチェックポイントは多い。

心配事はルームチューニングをNS-1000に徹底して合わせたこと、本来ライブナ部屋だが、相当デッドになっているから、ESL-63がどのように反応するか。

昔と少しセッティングを変えてESLのバックにカナリ余裕をもたせ、コーナーからの対角線距離1.8mを確保することにしたのと、SPの角度を鋭角にして内向きのしたこと。多分45度はある思う。
これですぐにベストポジションとは行かないのはわかっているが、調整のための基本としておかねばならない。床に目印をつけることにした。

さて初めての音はどうだったか。
弦楽器が明るくいライブ感が漂う。
微細な演奏の雰囲気がよく出ている。
音が拡散するためか、定在波の影響がない。
当たり前だが低音はNS-1000に比べ強くでないが雰囲気はソレ以上だ。
マンドリンの強弱の奏法がとても良く掴めるし演奏者が等身大だ。
バックのオケの弦が少しきつく思って接続を調べると逆相接続になっていて低音が拡散されたのか、中域に影響があったようだ。
接続を正規にすると落ち着いた音になった。(通常のダイナミックSPでは位相が違っても大した音の違いはなかったようだったが)
CDだがLPの持つ音が出る予感が漂いそして音が消えるときの余韻がすごく出るのには驚いた。
(こういう所が静電型SPを愛好する人の共感を呼ぶのではないか)
新品同様のユニットが3つ内蔵されているので、しばらくはエージングが必要だが、そのうち更に音が変化してくると思われる。
ファーストインプレッションは非常に高いレベルの満足度である。
音圧も以前よりは相当高くなっていて、アンプのヴォリュームは2目盛ほど少なくて済むのはオドロp機だが、多分これは電源ユニットを2台ともソックリ交換したことによるのかも知れない。
また片方のSPが交換した3枚が働いてなかったから、音圧が出なくて当たりまえなのだが、ESL-63は後方にも音を放出するからどちらのSPが良くないのか1台づつ切り離して聴かないとわからないこととしった。
とにかく最初の音としては、非常に高レベルで、このSPノ素性は良いのだとわかった。
調整エージングで更に音が変わるのが楽しみだ。
同じ月( 2012-01 )の記事

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# by DRAC-OB | 2012-01-19 11:05 | sawyer

ESL-63復活

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もう使うことはないだろうと諦めていたESL-63が修理を終えて無事帰ってきた。
京都は八瀬のオーディオ職人の手であらゆる問題がクリアになった。

過去の病歴までわかってしまうのはさすがに名医である。
QUADからライセンスを得たという業者の1つに10年ほど前依頼したが、個々は散々であった。
交換はされていたが交換したものが動いてないという診断で、そういえば戻ってきた後どうもおかしいので、サイド見てもらったが、問題なしで戻された経緯があったが、この時小生の耳は確かで、なにかおかしいと感じたのだったが、2度のチェックデ問題なしと言われ、他の要因があるのかとおもっていたのだった。

しかし4つ有るユニットのうち交換した3つが全く動いていないのだから、おかしいに決まっている。
業者は本当にチェックしたのだろうかと非常に疑わしい。

原因は前回修理業者の導電塗料の塗り忘れ、あるいは前任機種ESL-57の塗料を流用してしまったかどちらかのミスであるということが今回の診断で判明した。

このSPは因縁がついていたのか、その他にも修理のミスによる影響をまともに受け続けたのであった。
このあたりは前回書いたが、どうしてもまだ脳裏から消えないのでまた書いてしまった。

一番不可思議なことは、初期のモデルのシリアルナンバーであるにもかかわらず、シリアルナンバーはそのままで、マイナーチェンジサれたものになっていたということだった。
色々なことが考えられるが、これは衝撃の事実であった。

しかし今回の外科的内科的大手術で、過去の信じられないような多くの不幸な因縁も多分消えてくれたと思う。

先ほど到着し、厳重な梱包を解いてしばらく通電、3時間ほどたってから、バナナプラグ接続しようとしたが、この日のために取っておいた物が見つからず、やむなく通常接続にした。

最初の音を確認しなければならないので、切り替えスイッチを使わずに、NS-1000のケーブルを外し繋ぎかえることにした。

NS-1000の欠点はSPケーブル入力端子がプアーで、細いコードか、ターミネートしたものしか入らないことだ。

最初だからどうしても動作が慎重になる。
音楽を聞く前にしばらく通電するなんていうことは金輪際したことがないのに。

取り出したCDは最近の愛聴盤、シモーネのERAT録音でマンドリン協奏曲ヴァイオリン協奏曲集である。
2つのマンドリンの音色の違いと位置、そして奏法の若干の違い、奏者の息遣いのようなものの雰囲気が出ているかなどチェックポイントは多い。

心配事はルームチューニングをNS-1000に徹底して合わせたこと、本来ライブナ部屋だが、相当デッドになっているから、ESL-63がどのように反応するか。

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後方を片付けなくてはならないが・・・

昔と少しセッティングを変えてESLのバックにカナリ余裕をもたせ、コーナーからの対角線距離1.8mを確保することにしたのと、SPの角度を鋭角にして内向きのしたこと。多分45度はある思う。
これですぐにベストポジションとは行かないのはわかっているが、調整のための基本としておかねばならない。床に目印をつけることにした。

さて初めての音はどうだったか。
弦楽器が明るい。
繊細な演奏の雰囲気がよく出ている。
音が拡散するためか、定在波の影響がない。
当たり前だが低音はNS-1000に比べ強くでない。
マンドリンの強弱の奏法がとても良く掴めるし、等身大だ。
バックのオケの弦が少しきつく思って接続を調べると逆相接続になっていて低音が拡散されたのか、中域に影響があったようだ。
接続を正規にすると落ち着いた音になった。(通常のダイナミックSPでは位相が違っても大した音の違いはなかったようだ)
CDだがLPの持つ音が出る予感が漂いそして音が消えるときの余韻がすごく出るのには驚いた。
(こういう所が静電型SPを愛好する人の共感を呼ぶのではないか)
新品同様のユニットが3つ内蔵されているので、しばらくはエージングが必要だが、そのうち更に音が変化してくると思われる。
ファーストインプレッションは非常に高いレベルの満足度である。
音圧も以前よりは相当高くなっていて、アンプのヴォリュームは2目盛ほど少なくて済むのはオドロp機だが、多分これは電源ユニットを2台ともソックリ交換したことによるのかも知れない。
また片方のSPが交換した3枚が働いてなあ買ったから、音圧が出なくて当たりませなのだが、ESL-63は後方にも音を放出するからどちらのSPが良くないのか1台づつ切り離して聴かないとわからないことと知った。

さあて、明日から調整だ。
今月末には相当素晴らしい音色を聴かせてくれることだろう。

ESL-63を久しぶりに聞いて、面白い事に気がついた。
調整してきたNS-1000の音がESL-63にかなり近い音になっていたということだ。
やはりESL-63の音が染み付いていたのだろうか。

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# by DRAC-OB | 2012-01-17 21:14 | sawyer

QUAD修理で判明したとんでもない新事実

ESL-63につきものの、ボツボツ音がするトラブルに見舞われたが、修理費用がべらぼうなので躊躇し、休眠状態になっていたが、よさそうな修理工房を見つけて、ようやく修理が終わり、後は到着を待つだけとなった。

年末ギリギリに運び込んでから約2週間と、修理期間もすごく短いし、何しろ今まで知り得なかったことをご教示頂き、かなり勉強にもなった。

将来の予防的メンテを含めての修理総額は、今ある2つの修理店の4分の1位だと思う。
ここではその修理メンテ内容の詳細はお示ししないが、2台共にカナリ細かくチェックした上で修理していただいたことだけ申し述べておくことにする。

後は到着し、エージングをしながら音の状態をレポートしていく予定だ。
何故エージングが必要かということも含め、この間において意外な、そして空恐ろしいことが明らかになった。

これを書くか書くまいか相当迷ったのだが、こういうことが闇から闇に消えて行くのは良くないと思い切った。

小生がこのESL-を購入したのは1984か5年、発売開始してから数年後のことで、名古屋の大須にある棒オーディオ店だった。

この店の店長と思しきS浦という人は、ESL-63の音に惚れて、店のハイエンドオーディオ客に、かなり積極的に薦めていたから、おそらく全国的にも一番多くESL-63を販売したのではないだろうか。

店にはその頃の輸入代理店「ハーマンインターナショナル」の人間がいつも出入りしていた記億がある。

小生はハイエンドオーディオ人間では全くないが、店内で音を聴いてから家で聞くYAMAHA NS1000の音と、あまりにも・・次元の違う音なので驚き、そして使ってみたいという気持ちが強くなってきた。

しばらくしていざ購入という時に、アンプは何を使っているかと聽かれ、その頃小生はLUXのB-12という方チャン150Wモノラルアンプを2台で使用していたから、そのように告げると、それではダメ、よく鳴らないと無気な言葉を返し、このアンプならまだ良く鳴るといって示したのが、ハーマンカードンのhk-870だった。

およそデザイン感覚があるとは言えない全身黒尽くめの箱が、良い音で鳴るとは思ってなかったので、出力を訊くと100W×2だという。
それなら所有のLUXのほうが性能が良いのではというと、何やら難しげなことを説明したがよく分からなかったが、今思えば低インピーダンス負荷時の供給能力が問われるということだ。

それでも問題ないだろうと購入したESL-63をつないで聴き始めたが、音量が高くなると、アンプのヒューズが飛びまくってしまい、聴きものにならなくなった。

それで仕方なく入手する羽目になったのが先のhk-870。
これでそうやすやすとアンプがクラッシュすることは少なくなったが、それでもたまにあるので、今度はもう1台追加し、擬似ブリッジ仕様にした。
こうすると供給能力は約3倍ほどに増えるから、今度はアンプも十分耐えてはくれたが、通常ではあまり目立つことのなかったものも増幅されるから、1台の時のほうが良い音がした。

それからアンプ遍歴が始まり、ひょっとしたことで今の、インナーサウンド社のE-300に落ち着いたのだが、このアンプは堀出しもので、静電型SPを鳴らすための工夫がいたるところで、されているアンプであった。

しかし我が家にやってきたESL-63は、どうも因縁のSPのようで、こんな話からスタートする。

丁度マイナーチェンジを控えた時に購入したから、小生に届けられるものは、SPコード接続端子が従来の差込式からバナナプラグ兼用になったものが運ばれる予定で、店のS浦氏もハッキリそう言っていた。
しかし到着したものは従来のタイプだった。

どちらでも大して差はないのだと思うが、予定の商品とは違うものが到着したからには、クレームを入れると、数日後にNEWタイプが届いた。
しかし届いたのは良いのだけれど、次の朝片方のSPからボツボツ音が出ているではないか。

新商品、しかも相当高額で購入した次の朝にはもうトラブルだから、そして最初に搬入されたものが旧機種だったこともあり、相当頭に来たが、音に惚れていたからには仕方なく、再度機械交換(したと思っていた)することになった。

そしてその後は先に書いたようにアンプ選定に力を注いできたというわけだが、使用して4年経った時また片方からノイズが出るようになった。

実はその前からどうも音の調子が良くないので、ハーマンに点検させようと送ったことがあったが、何をどういじったかは説明なしに戻され、おまけにSPサイドのカバーが破れていたので、電話するとはじめから破れていましたという。

自然に破れるわけはなく、相当無理してSPを持ちあげない限り破れることは絶対ないはずだ。
(今回の修理で判明したが、裏側で2ヶ所補修テープで止めた後があったが、収縮しなかったため、たるみが生じているとのこと)

新品を購入し、まだ1年経ってないものが、自然にカバーが破れるはずがないが、確固とした原因が不明なため仕方なくほつれ破れの補修をすることになった。(補修の仕方がプロの仕事とは思えない)

これがけちの付き始めの2番目いや3番目になる。
1番は旧タイプ搬入。2番は交換したSPが翌朝にトラブル。3番はなんだか出てくる音がにごり気味、4番は点検に出すもカバー破損し戻ったこと。
点検の結果問題なしということだったが、以前音がにごり気味。

アンプのせいだということにして、アンプを探すことに専念することになった。

結果インナーサウンドのE-300というアンプを見つけ持込テストの結果、現状より数段良好だったから、購入することにした。

この結果静電型SPがダイナミックSPのように鳴ってくれることになり、音楽を選ばずに済むことにつながった。
以前より相当良くなてはいたが、あのESL-63の音は美しものとは決して言えなかったが、そうこうするうちに片方のSPの音量が少し小さいことに気づいた。

点検の結果問題なしということなので、セッティングの問題だろうと思い、バランサーで調整して聴いているうちに、今度は違う片方から、あのノイズが発生。

2001年の事、修理業者を当たるが、ハーマンはすでに撤退していて、見知らぬオーディオ販売店が修理を引き受けることを知った。

リビルト品を使うから安くできるというのでお願いすることにした。
ユニット交換料金は1つ60000万円、ESL-63は全部で4枚のユニットがあり、全て交換となると24万円プラス工賃で30万以上になる。

もう少しで新品が入手できる価格だから躊躇したが、まずは見積もりを取るためにSPを修理工場のある静岡に送ることにした。

そんなに遠くでもないから車で運ぼうとしたが、運送屋に頼んで運んでくれという。
そして両方運ぶからチェックして欲しいというと、ブツブツ音が出ている側だけで良いと、オーディオエンジニアとしては信じられないようなことを言うではないか。
何故だろうと思ったが、仕方なく運送屋に依頼するために元箱が必要となり、購入先のオーディオ店で箱を借りた。

送ってしばらくし、見積もりの連絡があり、その時電話に出て応対したのは社長という人物。
見積もり額は15万以内だから思ったよりは少額であったが、問題はその時の電話である。

オーディオ店から借りた元箱には送り状が貼られていて、送り主はハーマン、送り先には借りたオーディオ店の名前が貼ってあったのだ。(これは通常のことだ)

東京の店にいるその社長は、静岡の工房の誰かからその話を聴き、小生をてっきりオーディオ店の人間だと思い込んだらしい。

全国でおそらくトップのESL-63の実績の箱の持ち主の店に対して、よく思っていなかったのか、「売るだけ売っておいて、修理は他の業者に任せるとは・・・」と凄い剣幕で罵られてしまい、違うと何度説明しても嘘をつくなの一点張りだった。

30分以上も文句を言われ電話を切った3日後、その社長から電話があって、あの時はどうもすみませんでした、そばで聴いていた女性の事務員からたしなめられました、苦労して修理技術を会得し、資格を取得したもので、思わず興奮してしまいました・・・そんなお詫びの電話であった。

このことが静岡に伝わった・・・元は静岡からの連絡が発端だったろうから、お詫びの印なのか、ユニット3枚交換したが、2枚分の修理代を請求してきたので10数万円で良いことになった。
(最後に記述するが、ところがこれが、あってはならない凄い結果を生むことになるのだ)

修理の時に、小生はもう1台のSPも点検して欲しいというと、雑音が出rてなければ問題ないから必要なしと言われてしまい、多分忙しいからだろうとおもっていた。
使用して15年近く立つSP、両方点検したほうが良いだろうとは、誰しも考えることなのだが、この工房では必要なしという。

戻ってきた修理品と問題無の方では音質の違いが散見されたが、他の要因だと解釈していた。
しかしたまたま遊びに来たオーディオに無知な若い女性から、左右の音がだいぶ違いますね、それに音の大きさも違う・・・と言われ、やはりそうなのか、SP自体の原因ではないか、そう思い始めたが、時は流れ3年前の2009年片方からノイズが出るようになったのを切っ掛けに、修理費も更に高額になっていることもあって、ESL-63とお去らばすることにし、部屋の片隅におしやったが、どうしてもあの音が忘れられずにいたところ、偶然今回の修理工房にめぐり合ったというわけだった。

ここから本日の核心となる。
今回面倒を見てもらった工房の主人が言うには
このシリアルナンバーの機械は旧製品:すなわちSP接続が差込式のはず、それが何故バナナプラグ兼用タイプになっているのか不思議なことだというコメントがあった。

このことから推測できることは、最初搬入された旧機種が返品されたので、SP接続部分だけを交換し、ニュータイプに仕立て上げた。このためシリアルナンバーが旧タイプの番号のままになっていた。

あるいはSPの上部だけをソックリ入れ替えた可能性も否定できない。
調子がおかしいとハーマンに送ったときに、SPの下部はそのままにし、上部だけを交換した可能性があり、というのはこのSP修理交換の実績も知らされてないのに、今回の修理点検で、ユニットが2枚交換してあったことが判明し、新旧でユニットの幅が若干違うから、必ず見合ったものにしなければならないのに、規格でないものが無理やり取り付けられていて、その結果フレームが反り返っていて電極が剥がれていたということでしたから、ハーマンが実施した隠れメンテナンスと言うより機械交換したものがそういう状態の傷物であったということになる。

古い機械でろくに状態を確かめもせずに販売するという姿勢は、あり得ることだし、こっそりと交換してしまうことも十分あり得ること。新製品販売前に旧製品の在庫を何としても履きたかったのだろう。

いずれもが絶対にばれない、そう思って実施した行為、本来ならば企業生命をおびやかすほど大問題となるだろうがもう時遅し。

誰が小生等の購買者を騙す結果にしたのかは定かではないが、旧製品の在庫をなくすことが至上命令だった可能性は否定できない。
残れば永久に売れ残るか、安く買い叩かれるかどちらかで、高級外車同様高額商品であるが故に、モデルチェンジの時には苦労するようだ。

このような行為に及んだのがハーマンの営業そしてエンジニアだとすると、知見のないままにやってしまったという事になるが、この頃は・・・今でもまだソウなのだが海外製品に対するメンテ知見は相当厳しい物があったようで、ESL-63のような非ポピュラーな機械では特にそういう傾向が強かったと思われる。

音は確かに良いからオーディオを職業にしていた人間は、こぞって絶賛し、推奨したが、まさか経年で接着剤の劣化が起こりそれが主な原因で様々なトラブルが出ることなど、イfギリス本国でも情報がなかったのだろうから致し方ないことでもあった。

使用してから15年ぐらい経つとそれが起こるから、最近では富にトラブルが増えていて修理代がべらぼうだから、手放す人が多くなってきた。
オークションではまともな機械が出品された試しがなく、リビルトし、保証も有るものだと新品購入価格に近い値段がしてしまう。

因縁の話はこれで終わりだと思われるかも知れないが、更に続きがある。
先ほどのことは修理が必要なボツボツ音の出る方からのもので、中を開けて見ることによって驚くべき過去の経緯が明らかになってしまった。

一方正常と思っていたほうだが、小生が音量が少し小さいと感じていた理由がハッキリした。
このSPは静岡の工房に運んだもので、ユニット3枚交換して帰ってきたものだった。

しかし中を点検チェックしてもらうと、またもやとんでもないことが発覚したのであった。
全パネルユニット4枚中、生きているのは交換してない1枚だけで、交換した3枚は死んだ状態だという。

パネルには導電塗料を塗布するのだが、それを忘れたのか、あるいは57という別の機械のものを塗布したのか、全く導電体として機能してないから音がでない状態であったらしい。
修理交換してない1枚だけが生きていて音が出ていたから、道理で音量が小さかったわけだ。

塗装しなおしし、導電リボンを交換、更に電源ユニット交換でようやく正常な状態になったらしい。
しかしこれは明らかに手術ミスであり、訴訟されても仕方がない事例である。
小生も音が少し小さいと思っただけで、通常の3分の1しか出てなかったことは気が付かなかった。
というのはのこのSPは構造上、裏側からも音が出て、ソレが混合すると、3分の1の音量なのに少しという感覚認識となってしまったからだ。
SPが4つ有るのとほぼ同じ状態で音が混合されて聴こえてくるから、両方いっぺんに聴くと、ほんの些細な事のようにしか聴こえて来なかった。

音など感覚の世界は実に恐ろしいものだ。

修理に出したもbのが、以前より悪くなって戻ってくることは、医療の世界と同じような頻度があるかも知れない。
だからユーザーはひたすら良い医者を見つけることが必要とされる。

今回そのような過去の事実があからさまになって、これで今まで漠然と抱えていたこのSPに対するマイナスイメージが現実となり、今回それに対してできる限りの手を打っていただいた。
まだ音を聞いてないが、これで30年かかってようやくまともな音に返り咲いたのではないかと期待している。

更に今回の徹底修理メンテで、過去からまとわりついてきたこのSPの亡霊たちがいなくなる禊ができたのではないかとも期待する。
そして10年以上通電されなかった、動いていないパネルが3枚あるということは、今後のエージングの楽しみもある。

目の玉が飛び出すような修理代金を請求しながら、改悪されていたという悲劇はあってはならないことだ。
輸入代理店、販売店、メンテナンスサイド、雑誌や評論はもちろん、更にはユーザー自体が知見を持つことが必要なことと改めて認識した。

今回の総点検および修理で初めて分かったことにも仰天したが、30年経ってようやくこのSPから厄が消え禊となったたような気持ちになれた。

最初音を聞いたときに「何かおかしい」と思ったのは事実であった。
その原因も複数であることも今回でようやくわかった。

それにしても、今まで修理点検に携わった人たち、いったい何をしていたのか、機械だからまさに機械的なことしかやらなかったのか。

SPは音楽を聴くための道具という基本概念をすっかり忘れてしまったのか、実に嘆かわしい。
問題大有りのものを問題なし・・・・テスターなどで測ればすぐに判明するものをやらずに問題なしといったと推測されることなど。

思い出したのが今の家に移るとき、TV・FMアンテナ工事もあわせてお願いした。
電波状態があまりよくないと聴いていたので、業者の担当者に、結果はどうだったか訊くと、バッチリ写ってますから大丈夫ですという答え。
引越し後TV設置し、電源を入れるも雑音だけで何も映らない。
ちゃんと映ると言っていたから、アンテナは大丈夫という前提で、TVのチェックを始め様々時間を欠けてやったがダメだったので、最寄りの電気屋に来てもらうと、一発でアンテナが死んでいるとのこと。

屋根に上がってチェックすると、なんとあり得ない初歩的ミスが発覚。
同軸ケーブルが皮膜を剥がさずにそのまま接続されていた。

あり得ないことであるし、見もせずにチャント映っていると言い切った奴もやつ。
集団で猿芝居をされてしまったことがあった。(業者もまさかこんなミスが有るとは夢にも思わなかっただろう)

これからもそういう直感、熟成された感性、そして勘を大事にしていこうと強く思っている。

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# by DRAC-OB | 2012-01-15 15:31 | sawyer

アルカント・カルテットの衝撃

2012年1月13日(金)19時:銀座 王子ホール(座席1階D列2番→A列4番)
アルカント・カルテット
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080よりコントラプンクトゥス 1,4,6,9
クルターク:6つの楽興の時 Op.44
J.S.バッハ:フーガの技法 BWV1080よりコントラプンクトゥス 11
シューベルト:弦楽四重奏曲第15番 ト長調 D887

弦楽四重奏団の常識を覆すスーパーユニットの生演奏を初めて聴く。想像していた以上の衝撃的演奏。
世界的ソリスト4人が個性をむき出しに、ものすごい迫力で弾くが、各自がバランスをコントロールし、聴き合いながらアンサンブルを作っていく。そのなかから一人一人の個性が強烈に伝わってくる。
アルカント・カルテットは結成10年。もちろん世界的な弦楽四重奏団の歴史からすれば浅い。しかし何十年もかけてひとつの型を作っていく通常のカルテットとは違い、4人それぞれが主張しながら、ベクトルは合わせ、「競争と協調の両立」を目指すのがアルカント・カルテットの行き方だと思う。

前半は、ハンガリーの現代作曲家クルタークの作品を間に挟んで、バッハの「フーガの技法」の抜粋が、途切れなく演奏された。バッハと現代音楽をひとつのセットにしたこのプログラムは違和感なく聴くことができた。
フーガの技法では4人の旋律線、声部が4つそれぞれに野太い大河のような流れとなって、奔流のようにあふれ出てくる。ちょうどオケなしの4重協奏曲を聴いているような印象。
チェロのジャン=ギアン・ケラスが低音部をどっしりと支える。その音色、テクニック、音量がものすごく、さらに音楽自体の表現力が深い。どれだけの引き出しを持っているのかと思わせる多様性の持ち主。ルックスもよく、ファンが多いと思う。
もちろん第1ヴァイオリンを弾く、アンティエ・ヴァイトハースも女性とは思えないくらい負けずと音量と音圧がすごい。
ヴィオラのタベア・ツィンマーマンも安定感は抜群。第2ヴァイオリンのダニエル・セペックもしっかりしているが、4人のなかでは繊細さを前面に出しているように聞えた。

クルタークの作品では、チェロのケラスがリードしていた。クルタークの作品をいくつか入れたCDも出しており、現代音楽を得意とするだけある。
クルタークは初めて聴く。1曲が1分から3分ほどと短い。ジャズの前衛的作品に通ずるような自由な発想の作品。
前日のプログラムはモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスとクラシックの王道作品ばかり。チケットはあっという間に完売。今夜はマイナーなプログラムかと思っていたが、アルカント・カルテットによるバッハと現代音楽を聴けたことは幸運だったかもしれない。
とびぬけた音楽性を持つアルカント・カルテットの手にかかると、バッハもクルタークも難解さやとっつきの悪さは雲散霧消、音符ひとつひとつに意味と生命力与えられ、聴き手にぐいぐいと迫ってくる。その迫力たるや音楽を聴くというより、スリリングなジェットコースターに乗せられたときのようなフィジカルな喜悦に近いものがある。

後半はシューベルトの長大な力作。全体に暗い情熱がうごめいて、緊張感に満ちている。特に第2楽章アンダンテ・ウン・ポコ・モッソの冒頭チェロの民謡風主題の繰り返しの後、第1ヴァイオリンが下から突き上げるようなフレーズを何度も繰り返す部分(38小節目から)、後半席移動して最前列にいたこともあり、アンティエ・ヴァイトハースの凄まじい弾き方に、腰が抜けそうなほど驚く。
全編この調子でよくスタミナが持つなと思う。ほかの奏者も負けず劣らず全力全霊を込めて弾く。
恐れ入りました。
アルカント・カルテット脱帽です。

アンコールの曲名をチェロのケラスが達者な日本語で「アンコールハ、ハイドンノゲンガクシジュウソウキョクダイロクジュウヨンバン、ダイニガクショウデス」と言うので客席が沸く。
緩徐楽章の美しさがいっぱい。
やっぱり、昨日の古典派からブラームスのプロも聴きたかった!
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# by DRAC-OB | 2012-01-15 13:58 | K介

ニュンシュのブラ1新旧盤視聴印象

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CDジャケットは殆ど変更なし。
上は最初期盤CC33-3417、1987年盤。
下はartと下部に表記されているTOCE-9004、2008年盤。
HQの赤いマークは区別しやすいため小生が貼ったもの。

年末、年明けに聴く音楽を何にしようかと考えていたが、これといったものが浮かばないので、1987年に購入したミンシュのブラームスをとりあえず聞くことにした。

この音盤にしたのは少しだけ理由があって、録音処理の仕方が良くないのか、オリジナルマスター自体が良くないのか分からないが、仏パテ・マルコーニのLPでも、CDでもその演奏に評判に比べ、音質が芳しくなかったので、音盤固有の性質なのか、ルームアコースティックの問題なのかを確認しようとしたためであった。

試行錯誤の結果、今まではQUAD、ESL-63にあわせて調整してきた部屋も、ようやくYAMAHA,NS-1000が美しく響くようになったので、実験的に聞くことにしたのだ。

しかし、以前と少し変わった点、各パートの音が若干鮮明になり、ほんの少し表情が出てきた以外は以前と同じ状態の音で、濁りのある音、そしてトゥツティでは団子になりがちな音質は変わってなかった。

それでこれはやはり盤質に問題があると踏んで、リマスターされた音盤の有無を確認すると、art処理されたHQ盤が発売されているので、今所有のものよりはましであろうと入手することにした。

本日音盤が到着し、期待しながら聴いてみた。

結論から言えば、期待がおおきすぎたようで、改善点は有るにはあるが、小生の好みではなかった。
なぜかというと、低音がむやみに強調され高音弦が相変わらず荒い音なのだ。
ヒリヒリとはしないものの、柔らかさや響きの美しさ、透明感が無い。
かつてのドンシャリと言うと失礼になるだろうが、どうもそんな傾向の音になってしまっていた。

大体こういう傾向になることが多いのだが、ホールトーンを出す目的なのか、残響音がやや多めなのが、返って音のメリハリを削いでしまっているから、あの鮮烈な印象のミンシュの演奏がぼやけ気味に聴こえてしまうことになった。

良いところであるとしておくが、今まで聞こえにくかったところが急に聞こえてきたりして、ホルンのトチリはハッキリ聴こえてしまうことになった。

ピチカートの音がいつもおおきすぎだが、これは録音のせいだろうか。

デボストのフルートの音色やバイオリンソロの音色・・・つまりは合奏でない部分は非常に美しく響くのに、1楽章3楽章では響きが寸詰まりでティンパニでさえ、叩き方から見えてくるような音の再現はない。

終楽章だけはティンパニーがマレットを変えたか、楽器を変えたかのような打音が聴こえる。
弦楽器群も艶が出てきているので、この楽章は別テイクかと予測してしまうほど以前の楽章とは異なる感じがした。

全体的には確かに改善の跡は認めるが、むかしの音盤のように、もやもやしたところからだんだんリアルになっていくという感じが失われたようだ。

ようするに以前有った青天の霹靂的なニュアンスは、おしなべて平均的な音の佳作によって薄められたというのが小生の印象だ。

HQでなくてリマスターされた音盤は聴いいてないが、そちらのほうが小生には合っている予感がするので、
近いうちに入手して聴いて見ることにする。

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# by DRAC-OB | 2012-01-11 15:15 | sawyer